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ベストセラーになった『ハローバイバイ・関暁夫の都市伝諮些にも書かれて
いた、東京競馬場の4コーナーのケヤキの木についての都市伝説は、ちょっと
物知りな競馬ファンなら誰もが聞いたことがあるものだろう。
一応、知らない方のためにケヤキの都市伝説を簡単にまとめておこう。
「東京競馬場の3?4コーナーの内側にあるケヤキの木はレース観戦の邪魔
なのに切ることができない。それは過去に付近のほかの木を切った人夫が急死
したためで、いまでもその崇りを恐れて誰も切れない状態。実際、ケヤキの下には井田輝籍鐘豊蕊哩の墓所がいまでもある」というものだ。
そんな場所だからこそ「3?4コーナーにかけては馬の故障
などの事故が多い」などともいわれている。かって断然の1番
人気を背負いながら、レース中に骨折して予後不良になった悲
運の馬サイレンススズカは代表的な例としてケヤキの崇りと一緒に語られているようだ。

中堅騎手Mが面白い証言をしてくれた。
「騎手になりたての頃、金曜日に東京競馬場の調整ルームに入
った翌朝、ジョギングで芝コースを走っていたときです。一度ウワサのケヤキを見てみたいと思って走って近くまで行ったん
です。ああ、これがウワサのケヤキかと。帰ってきてそれを話したら、岡部さ
んがものすごく怒ったんです。あそこには近づくなって。それでやっぱり何かあるんだなって思いましたね」
岡部さんがなぜ怒ったのかはわからない。しかし、あまりケヤキには関わるなといいたかったのかもしれないと騎手Mはいまでも思っているそうだ。

そんな東京競馬場の、ケヤキの木の真相を解明していこうではないか。

東京競馬場は1933年に開設された。
それまで府中のこの地は主に農地として使われていた。目黒
競馬場からの移転先として、ほかにもいくつかあった候補地の
なかから選ばれたわけだが、決定するまでにはかなり難航した
そうだ。合計約型万坪という広大な敷地の買収、土地の所有者
もかなりの数にのぼり、調整は随分、難航したと聞いている。
競馬場の地鎮祭のときにも、現場で日本刀による殺傷事件
(死者がでたという記録もあり。この事件が転じてケヤキを切
った人夫が変死したという伝説になった可能性はある)が起きたのも、土地の売買によるトラブルが原因のようだ。
ケヤキの付近一帯の土地はあるお寺の所有物だった。
当時の住職さんが売却を決定したようだが、決定した時点でそこに墓所を持
つ檀家さんたちがすべて納得していたわけではなかったことに問題があった。
墓数は全部で308基(312基だったという説もある)。それだけの数の檀
家さんの意見をまとめるなど至難の業だったのだ。
なかでも強行に反対したなかに、そこに墓所を持つ井田摂津守是政のI家があった。
「墓所は動かさない。さらにその近くにあるケヤキの木の伐採も許さない」
と、かなり強行に抵抗し続けたそうである。当時のI家当主はかなり過激な方
で、交渉にくる代理人憲周本刀で脅すこともあったとか….:。すでに土地の売
買は決まってしまっている。しかし心情的に納得ができなかったのである。
そんなことが続いたために、その頃の競馬会の上層部も「これ以上もめても
得策なし」として、現行のごとく井田摂津守是政の墓所はそのまま残し、さら
にケヤキの木も切らずに残すことを決定したのである。
それから、年以上、JRAとI家は当時のままの関係で、いまでも競馬場内
に墓所があり続けているというわけだ。I家はいまでも年に数回、JRA職員をともなって現場での墓参りをしている。

しかしなぜ、I家はそこまで強く反対したのだろうか。
実はこれにも確固とした理由があった。
北条家に仕えていた井田摂津守是政は、小田原城に生えていたケヤキの木を、
褒美として北条家からもらい受け、この地に植えていた。つまりいま、3?4
コーナーに生えているケヤキはもともと小雷国温城にあったものなのだ。
しかもI家の家紋はケヤキ。先祖が、褒美として殿様からもらい受けた記念
の樹木が切られるのを反対するのは、武家の末商としては当涌のことだったのである。

つまり一般的にいわれている東京競馬場のケヤキの木の都市伝説は「現場に
墓が残されている」のは本当で、「木を切ろうとした人夫が崇りによって急死
した」という部分は少し歪曲して伝わったというのが真相のようである。
しかし近年になって、ケヤキの木についての新たな疑惑が持
ち上がった。
テレビを見ていた一般の方から「3?4コーナーのところに
ある大ケヤキといわれている木は、ケヤキではないのでは葱い
でしょうか」という意見がJRAに届いたのだ。
こう指摘をしてきた方は樹木の専門家で「テレビの画面から
ではあるが、見るからにあれはケヤキではない」といったそうだ。
「あれはケヤキでは葱くエノキです」

実際、JRA側が調べてみると、本当に榎(エノキ)だったとか。

しかし、いまでも大ケヤキは依然として大ケヤキと表現されている。これに
はJRAのI家への配慮がいまだに続いていることを感じてしまうのだが・・・
すでに事情を知っている某ラジオ局では、新人アナウンサーへのレクチャー
の際に、先輩アナウンサーが冗談半分で「もしこのなかにチャレンジャーがい
るのなら、放送中に『あれは本当はケヤキではなくエノキだそうです』といっ
てみなさい」と教えてくれるそうです.…..。
世の中には暗黙の了解ってものがあるのですね。

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